Fragments

About
Archives

2017年6月の記事

2017-06-30

夜更けに

2017-06-27

試合開始

2017-06-23


2017-06-16

2017-06-14

水曜日

――― それは「夢の言語」「隠喩の言語」だったの。トラウマを経験した人ならわかると思うけど、分厚いアスベスト対策用の手袋をつけないと扱えないようなことがあるの。そして、性的または肉体的な虐待を受けた人々は自ら暴力的な傾向をもつことがあるというけど、わたしはそうではなく、ああいうかたちで作家になった。(オオカミ少年は真実を語れるか──世界を騙したJ.T.リロイ=ローラ・アルバートの狂気と正気)

すこし前に「作家、本当のJ.T.リロイ」という映画を観た。

単なる虚言癖の野心家の女性が嘘がばれてトラウマ話でごまかそうとしている・・・とみることもできるが、受けた心の傷と架空のキャラクターと物語の関連がとてもリアルな気がした。トラウマ体験を凝縮して煮詰め、キャラクターにすべての傷を引き受けさせる。現実よりも極端なエピソードにすることで自分から切り離すことができる。多重人格では無いけれど、構造としては同じだろう。たくさんの人がだまされたのも物語の根本にある感情のリアリティを支持したのではないかと思う。とにかく面白い映画だった。

2017-06-11

空中に指

2017-06-04

地上10センチ


2017-06-01

一瞬だけの

バスから見た夜景

視力を失いかけているカメラマンが主人公の映画、「光」をみてきました。

先日「視覚障碍者との写真ワークショップ」に参加した直後なので、主人公が白杖を使わないこと、視力を失うイコール二度と写真が撮れなくなると思っていること、自分でピントを合わせなければならないカメラに執着していることなど、不思議な描写が多くて気になってしまいました。

→ 雑な感想だったので書き足します。病気や障碍で苦しむ、ということが感動できるドラマになってしまうということ。ただ現実をリアルに描くというよりはむしろ物語の強度のために過剰に苦しませる演出をしてしまう。そこが気になったということです。これが肺の中に花が咲くような架空の病気であれば何も問題ないですが。

< the previous month : 前の月へ 次の月へ  the next month : >